去る3月13日にマーク・サリバン氏を迎え、英国の年金制度に関し講演をいただきました。
グリーン・ペーパー
Mark Sullivan 氏 講演録
平成15年3月13日
日本年金数理人会 国際委員会
司会
皆様、本日はご参集いただきましてありがとうございます。マーク・サリバンさんによります「英国のグリーン・ペーパー」についての講演会を開催させていただきます。サリバンさんは、イギリス・アクチュアリー会の正会員で、現在は、マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティング社のロンドン・オフィスで仕事をされておられます。それでは、お願いいたします。
サリバン
本日はお招きいただきましてありがとうございます。こうした会でお話しできることを大変光栄に存じております。
さて、年金制度に関しまして、英国政府は、最近意見公募のためのグリーン・ペーパーを2つ出しております。それらは、「簡素、安全、選択」という題の下に公刊されました。
- 英国の会計基準の変更によって、英国の企業年金の積立不足が明らかにされました。株式市場の下落や社債の金利低下で、700億ポンドの積立不足が生じたと推計されています。
- 多くの優良企業が倒産し、その場合、従業員は最大60%まで年金がカットされています。
- 年金のリスクを最小にするために、資産を全て債券に投資する企業も現れています。
- 政府は国の年金の維持可能性について検討を始めています。
本日は、税制、法令、その他の予測される変化を含めまして、英国で行われている様々な議論をご紹介したいと思います。そして最後に、それらの変化についての私の考えを述べさせていただきたいと思います。
まず税制ということですが、イギリスの年金というのは、非常に複雑な税のルールによって統治されています。それらは、年金制度に加入したとき、およびどういった年金プランによるかというタイプによっても変わってきます。そして、税のルールに関しましては、現在八つの異なるものがあります。
この表は、現在存在する異なるいろいろな税制について示しておりますけれども、今日この場におきましては、詳細には立ち入ってお話はいたしません。年金制度のコスト、そしてそれを遵守するということの複雑さが原因で、多くの企業におきまして、最終給与比例制度の提供をやめていくということが行われ、長年の間、企業のほうから、もっと税制に関して簡素化してほしいという要望が出されておりました。
こういった批判に対応するために、イギリス政府は、大幅に簡素化した税制にしようということを提案しています。その提案の主な要素といたしましては、複数の税制度ではなくて、一つに統一していこうというものです。そして現在の労働者人口の90%に対する給付の制限を撤廃していこうという内容でもあります。そして、従業員側のほうから見た場合に、より多くの選択肢が与えられるということになります。そして雇用主にとっての影響の大きいものの一つが、既存の給付約束に関して、それを必ずしも実行しなくなるだろうということです。
この提案内容の主な要素としましてはこうなります。まず個人年金勘定におきまして、その最大額、上限が140万ポンドということになります。これは年額で言いますと、およそ7万ポンドに相当します。
年間の掛金の上限もその給与の100%として、20万ポンドの制限ということになります。
また給付に関しましては、55歳から受け取ることが可能であり、そして退職勘定のうち25%に関しては課税対象とならない一時金として受け取ることが可能になります。
現在では50歳から退職が可能ですが、掛金は退職間近の人に対しては給与の40%位に制限されています。
この新しいルールによりまして、細かい分野で、複雑さを撤廃していくことが可能になります。
また、個々の超えた分の額に関しましては、懲罰的な税率が適用されます。
報酬の計算にしても、いままでのように異なる五つ以上のルールに基づいて計算されるということがなくなります。
また、以前の事業主で発生した給付テストの必要性が大幅に簡素化されます。
なお、特定のリクエストに対してイギリスの税務当局が「一任」という承認を与える選択肢はなくなります。
この新しい提案でどういったことが達成されるでしょうか。まず最初にルールを簡素化し、制限を簡素化することになります。
特に制限に関しましては、個人の数で言いますと、非常に少ない人に影響するだけですが、その対象となる人数自体はこれから拡大すると予測されます。
さらに大きな要素として、例外を排除し、コストを削減するということになりますが、さらに将来の給付デザインとして、傾向としてより多くの人々が確定拠出型年金のほうに移行するということになるのだろうかということがあります。
また変更のほかの要素としては、例えば退職可能な年齢を50歳から55歳に押し上げるということになります。
また、退職年齢の最高齢は75歳であることを維持するとともに、現行の総積立額の25%を無税の一時金として退職時に受け取ることができるということも維持されることになります。それ以外の運営上の変更としては、有期年金を部分的に購入することが出来るようにもなります。
さらに個人が一度退職し、また仕事をして退職のために貯蓄を行うということもできるようになります。
図(スライド11)は、掛金の制限に関して、その影響を見るグラフですが、新しいルールにより140万ポンドで買える年金の価値がどう変わるのかを示しているものです。
配偶者のいない一人者の従業員に対して購入可能な年金を示しているのがいちばん上の青い線の部分です。
そして上から二つ目の茶色の線が、終身年金として50%の遺族年金がつくものです。
そして下の二つの線が年金増額(スライド)を提供する際の影響ということを示しています。現在は年金増額(スライド)を提供することが法律上定められております。
この140万ポンドの制限というのは、物価インフレ率にともない連動して増加します。
皆さんもご存じのように、賃金上昇は伝統的にはだいたい物価インフレ率の1%から2%上回っています。
したがって、制限が実際に影響を与える実額の給与レベルというものに関しては、実際には減少するということになります。すなわち、制限によって影響を受ける個人の割合といったものが、時間の経過とともに増加することを示しています。この点に関しては、特にイギリスの新聞記事でよく報道されている点であります。
今度は規制のほうです。年金ルールに関しましては、年金に対する現行の要件である給付増額(スライド)ということはそのまま残ります。さらに過去の勤務について、年金ルールが変更になる場合には、Section 67 certificateと呼ばれる年金数理の要件を満たす必要があります。
以前はこのcertificateを獲得することが非常に難しかったわけですが、現実的な観点から、政府のほうで、ビジネス的な柔軟性という要素を取り入れたわけです。また現在、受給権に関しては2年というものがついておりますが、これを即時の受給権という条件に代えるという提案が含まれています。
また、事務管理上の煩雑さを回避するために、少額の給付に関しては自動的に移動させることが可能となります。
また、現在の年金信託機関に関して、その従業員を代表させるということが必須条件になります。規制当局でありますOPRAのほうも、単にルールを遵守しているかどうかをモニターするということだけではなくて、より積極的な先取りをした動きができるように、権限を与えられます。
コミュニケーションとしましては、政府は、より柔軟性を持つルールということを強調しており、また正しいことをしようとしている企業に対して罰則を与えないということを言っております。
また政府として加入員と年金制度とのコミュニケーションを強化していこうということを決めています。自動的な情報開示ということはこれまでより少なくなりますが、情報へのアクセスということに関してはより増大します。
また事前に決められたタイムリミットよりも、むしろ妥当なタイムリミットへの動きがあります。また、その要求条件として、個人に対する給与明細上での情報開示や、採用のプロセスにおいての情報開示が求められています。
またコミュニケーションの簡素化とともに、退職計画を立てていくうえで、従業員に対しより多くのアドバイスを与えて援助していこうという目的があります。
この分野に関しましては、いままで過剰に規制されていたきらいがあり、したがって、目標としては、従業員のためを考えて、より簡素化していこうということであります。
論争を起こしている点ではありますが、企業が例えば退職制度を提供しないような場合は、企業が、例えば財務的なアドバイスに関して負担するということが考えられています。
最近特に、課題として年金の積立の問題、およびその安全性に関していろいろな報道がされており、批判があるので、政府の提案のその部分に関する内容が特にこれから待たれています。
正直に申し上げれば、その点に関してはほとんど進捗はしておりません。というのは、これはおそらく、それをしようとする政府の意思が欠如しているということではなくて、この問題が非常に複雑であるということが原因です。
現行の最低積立案件が制度固有の積立方法ということに置き換わっていきます。この件に関しましては、年金数理人たちに対して提案をしてほしいということが要請されております。
さらに、いくつかの著名な倒産が何件かあり、従業員の年金資格が解消されてしまいました。
その結果、年金制度の解散に関して、優先順位としてどうするかということが現在検討されています。その際には、より勤続年数が長い人たちに対して、より高い優先順位が与えられるということになると思います。
公的年金の給付に関しては変更はほとんどないわけですが、さらなる改革はもちろん検討されているわけです。
したがって、年金給付の最初の二つの柱の部分はこれからも残ることになります。
選択肢として、第二の柱の部分を適用除外するということはそのまま残りますが、ルールに関しましては若干のマイナーな変更点があります。したがって、この件に関しましては、簡素化するためには、まだこれからやらなければいけないことが多くあるわけです。
すべての先進国経済に関して共通に言えることですが、政府のほうは個人に対して、退職に向けて貯蓄奨励をいかにしていくかということを考えています。
また現在、提案はされてはおりませんが、イギリスでは強制的な年金貯蓄ということが検討されていると皆思っています。
またそれ以外にも、税制を簡素化するということにより、国民が退職に向けてより貯蓄しやすくなると考えられています。したがって、そういった貯蓄を奨励するという目標に対して、それがうまくいかない場合には、政府としてはその方法を今一度考えなおさざるをえないと考えられます。
新しい規則をもちましても、事業主にとりましては、年金の設計に関して難しい選択肢が残ることになります。
また、退職貯蓄に関しまして、追加的なインセンティブやあるいは強制ということがあるわけではありません。したがって、企業にとっての年金戦略を再考することになるのかどうかが問題です。答えはイエスです。しかし、いつかということが課題です。
少ない数ではありますが、新しく設けられた上限によって影響を受ける人もいます。しかし、このグループの人たちというのは、いわゆる企業のシニアエグゼクティブの人たちであり、その人たちをいかに社内に残留させるか、また採用するかということが企業にとりキーポイントであるわけです。
したがって、この中核の幹部に対しては、企業側で報酬に関する戦略をどうするかということを考慮する必要があります。
また、その報酬の増大が物価インフレ率を超えていけば、将来的にさらなる年月が経ちますと、この影響を受ける従業員の数といったものが拡大していくことになります。
この提案内容のコンサルテーションの期間の終了時は3月28日です。
最初の変更点、特に単一の税制度にするという動きに関しましては、2004年4月から導入されると見られています。しかし、それ以外の残りの変更に関しましては、おそらくその1年後に導入されると思われます。その期間におきまして、いろいろな協議や提案がされて、より細かいことを決めていくと考えられます。
また、私の見解ではありますが、これから2、3年以内に公的年金の給付に関しましても、政府は再考すると見ています。
また事業主に関しましては、これからも継続してリスクを管理するための方策を模索していくことになります。
またこの変更は確定拠出年金制度に関しては、大きな影響を与えませんので、さらにいままでの確定給付型年金から確定拠出型年金に移行していこうという動きが加速されると考えられます。
さらにまた繰り返しになりますが、イギリスの事業主としては、上級の社員すなわちシニアスタッフに対する報酬制度をどうしていくかということについて、よりクリエイティブに考えていく必要性があります。例えばストックオプションを提供するといったことがより重要性を増すわけです。またこの変更の詳細な内容が明らかになった段階におきまして、年金制度の安全性の点について、どうするかといったことをさらに考慮していく必要があります。
このコンサルテーションの期間は、まだあと2週間残っております。
総括いたしますと、イギリス政府は年金市場を再設計するというステップに関しまして、勇気ある第一歩を踏み出しました。
プラスの面としましては、税制に関してより簡素化し、年金基金の規制に関しても簡素化することがあげられます。また従業員に対するコミュニケーション、あるいはアドバイスを強化するという動きも歓迎されることになります。しかし、年金数理人が係わっている積み立ての問題や、あるいは安全性といったことに関しましては、まだまだ多くの課題が残っています。
イギリスでは、個人に対して退職に向けての貯蓄を奨励していく一方、いかに現在の公的年金を改革していくか、すなわち公的年金給付をいかに減らすかという点に関して見直しをする必要性があります。
どうもご静聴ありがとうございました。ご質問がありましたら、お受けしたいと思います。
聴衆
140万ポンドの上限についてご質問させていただきます。これは、一生涯の掛金の上限だと思います。
また、所得の100%までということになっていますが、自分で出せる時期を、ある意味では選べるのかということを質問させていただきます。つまり、今年は少ないけれど来年は多くなるなど、そういう意味で選べるのかということです。
サリバン
140万ポンドの上限というのは、掛金プラス投資の運用収入です。確定給付の場合は、非常にモニターしにくい内容だと思います。また従業員に対するボーナスを払わないことにしている企業を私はいくつも知っています。そこでは、140万ポンドの上限を既に超えています。それからまたこの検証は毎年ですので、遡っての支払いはできません。つまり、1年目にちょっと払って、2年目は多くすることなど、そういったことはできません。
実際には、従業員の任意の掛金というよりは、この上限は、企業側の掛金に適用されることになります。
聴衆
個人年金と企業年金の両方もっている人について、そういう限度は実際にうまく適用されるのでしょうか。
サリバン
そういう人たちは影響を受けるわけですね。その部分を人々は心配しているわけです。ただ、この140万ポンドという上限に実際に影響を受けるような退職者は全人口のうち、せいぜい5%未満です。
特にシニアエグゼクティブの人たちで個人年金を持っている人たちが、おそらくこれに当てはまるのだと思います。もちろん個人から見た場合には、上限値を超えてしまっても、年金給付を受けることはもちろんできるわけです。ただ、こういった部分に関する税率が高くなるということです。
現在進行しているコンサルテーションのなかで検討されているのは、企業側から見た場合に、企業にとって、特に上級のシニアの人を雇う際に、デメリットにならないかどうかということです。
聴衆
グリーン・ペーパーの中で "long-term scheme-specific funding" ということが言われています。これは、 Myners レポートでも言われていたことですが、私どもから見た場合、内容が非常にわかりにくいものです。これについて何か情報を教えていただければと思います。
特に、年金数理人がどう絡むのかという点についてお願いします。
サリバン
まず1点目としては、グリーンペーパーそのものがマイナースレポートやその他でレポートされている提言をもとにして構成されています。
現行の最低積立要件に関しましては、もともと意図されていた目的が果たされていないのではないかという批判が多いわけです。
ただ、これが将来どうなるかということに関しましては、まだ明確になっておりません。したがって、イギリスのアクチュアリーが苦悩しているのは、加入員・受給者にとっての安全性をどうするかという点と、企業側にあまりに多くの掛金を負担させないでもすむようにするにはどうするかという点です。
そういった2点における対立に悩んでいるわけです。ですから、だれも勝者になることができない状況でもあります。すなわちアクチュアリー側のほうがより厳格なスタンダードにしようと決めたとしますと、今度は企業側のほうがより多く掛金を拠出せざるを得なくなってしまいます。
そうして、掛金が増えると、どうしても企業側のほうでは年金制度を解散するということが起こりかねません。そして、企業年金制度が解散されてしまうと、従業員側としては給付を失ってしまうことになります。
従業員の権利を守っていないではないかということについて、アクチュアリーに対するマスコミからの批判には非常に強いものがあります。皆様方もアイデアがありましたら、ぜひ出していただきたいと思います。歓迎いたします。
聴衆
イギリスにはコントラクト・アウトの制度があり、日本では厚生年金基金という代行制度があります。
日本の代行制度は今、大変な批判の中にあり、イギリスでもマイナース報告などでコントラクト・アウト制度の廃止が提案されています。しかし、労働党政府はコントラクト・アウト制度を続けるとしています。どういう理由からでしょうか。
サリバン
いまの質問に関して分けて答えさせていただきます。イギリスでコントラクト・アウトする方法としましては二つあります。
すなわち約束された給付としてのコントラクト・アウトと、DCとしてのコントラクト・アウトと二つあるわけです。約束された給付のほうは、株価が下落してもそれから守られますが、企業に対しより多くの負担を強いることになります。
コントラクトアウトをやめていない理由としては、私の考えでは二つあると思います。一つは、コントラクトアウトされた額を含めて、給付を提供している企業があるということです。もし例えば政府のほうで、そういったコントラクトアウトをやめようということになりますと、企業は給付を大幅に減らすことになりますから、政治的に言ってそういうことをするのは難しくなります。
もう一つは、コントラクトアウトをしている企業に対して、インセンティブが提供されているわけですが、それを見直していこうということがグリーンペーパーからは予測されます。失礼、インセンティブを見直していこうという内容はグリーンペーパーに盛り込まれていません。したがって、今までと同じように、企業側のほうから見た場合には、必ずしもコントラクトをするようにとは奨励されていないわけです。
もう一点、認識としては、イギリスが公的年金の給付に関して、よりミーンズテストの方法に移行していこうという傾向があるということです。ミニマムベネフィットによって拘束されないようにしていくということが、従業員においても、企業側においても、必要になってくるということになります。
聴衆
そうすると、これからはコントラクトアウトはあまり増えないということですか。
サリバン
それほど増えるとは考えていません。そしてまた多くの企業で、現在、年金制度を見直しているわけですが、やはり将来的な変更で影響を受けることがないように、コントラクトアウトではなくて、コントラクトインにしていこうという傾向があります。
聴衆
もう一点お願いします。ステート・ペンションの件なのですが、今日のお話でステート・ペンションが変わるかもしれないと述べられました。私の同僚が1月にイギリスへ行って聞いたところでも、ステート・ペンションはそのうちまた変わるのではないかとのことでした。
私の質問は、英国政府は何故そう頻繁に国の年金制度を変えるのかということです。
サリバン
まず、ECのほうで報告書が作成されているわけですが、すべてのヨーロッパ諸国は公的年金を見直すべきであるということをうたっています。イギリスにはそれほど慰めにはならないことでありますが、問題の程度で言いますと、イタリア、スペイン、ドイツに比べると、イギリスにおける公的年金の問題はより少ないわけです。
現在イギリスで受け入れられつつある考え方というのは、国民はもっと長く仕事に就く必要がある、すなわち掛金をより長い期間積み立てていく必要がある、しかも給付額は同レベルでというものです。
グリーンペーパー自身もその点からスタートし、そこにとっかかりを取っています。すなわち早期退職の年齢をいままで50歳だったものを55歳というふうに押し上げているわけです。公的年金の受給開始年齢を遅らせる人たちに対して、英国の制度はインセンティブを提供してまいりました。
それからなぜ頻繁に変えるのかという件に関しましては、政治的な観点から言いますと、突然大幅に変えてしまうよりは、徐々に小さなステップで段階的にやっていったほうがやりやすいからだという事情があります。さらにまた、現在の労働党政権から保守党に政権が移ってしまうと、さらにまた大幅に変わってしまうだろうとも考えられます。
聴衆
グリーンペーパーとは直接関係ないのですが、数日前の新聞に、イギリスの企業年金で一時金の給付を数カ月差し止めるということが出ていたのですが、その背景は株式市場の下落で資産が減って、一時金で受給されると、お金が足りなくなるというような感じでした。そういう動きは本当かどうか。もし、そういうことを政府が認めるということであれば、労使がつくったものに対する過剰な干渉となるのではないかという気がするのですが、それについてはどうなのでしょうか。
サリバン
支払形態ということには関係なく、3ヵ月とか何ヵ月に渡って年金支払いそのものを止めるということはできません。新聞でお読みになったというのは、おそらくトランスファーバリューに係わるものだと思います。即ち勤めていた企業を変更した場合のトランスファーバリューということであります。
テクニカルな点で申しますと、このトランスファーバリューというのは、今までのミニマム・ファンディング・リクワイアメントと同じように計算されるわけです。しかし、市場が下落いたしましたので、企業によっては、このミニマム・ファンディング・リクワイアメントのベースで積立不足の状況が生じてしまったわけです。ですからそのトラスファーバリューの部分に関しては、トラスティーのほうで支払いを先延ばしにすることができるわけであります。
聴衆
キャッシュのほうは、止められないのですか。
サリバン
止められません。ただ、噂として、退職時における一時金給付に関しては、ヨーロッパ法制度のほうで、そういった一時金払いは禁止するといったような噂があったのです。ただし、EC側でそういったことは意図していないというふうに明言しています。
もう一点付け加えてもよろしいでしょうか。イギリスの年金産業におきましても、政府が退職時における一括年金払いの受給を止めるのではないかと見られたこともあったわけですが、しかし興味深いことに、このグリーンペーパーにありますように、一時金を払うということは続くわけです。
聴衆
グリーンペーパーにかかわるかどうかわからないのですが、英国では会計基準の適用を1、2年遅らせたと聞いていますが、どうでしょうか。
サリバン
現在、年金制度におきまして、アクチュアリーの人たちが直面している一番大きな問題点というのが会計基準の変更ということです。日本がすでにおっしゃってきたように、株式市場が下落してきたことによる問題というものがヨーロッパやアメリカでも言われるようになってまいりました。
そしてたしかに、年金積立不足の企業、すなわち10億ポンド以上の年金積立不足を抱えている企業が20社以上になるといわれています。本来は企業年金制度が完全に積み立てされているべきであるにもかかわらず、それらの積立不足をミニマム・ファンディング・リクワイアメントにおいて見ていく必要性があるわけです。
また、年金積立不足の負債が時価総額の半分を超えている企業もたしか6社ぐらいはあると思います。ですから、おっしゃるとおり、たしかに会計基準そのものはグリーンペーパーに連動していないのですが、この会計基準によって、より多くの企業が確定拠出型年金、すなわちDCのほうを選択するということになってくると考えられます。
もう一点付け加えておきますと、先ほどのFRS17という新しい会計基準の完全な遵守の期限を遅らせたことに関しましては、そうは言ってもその期間中にも完全な情報開示はしなければいけないわけです。
したがって株式アナリストのほうも、プレスのほうも、そういった年金積立不足が深刻な企業に対して、厳しい質問をせざるを得なくなってくるわけです。
聴衆
もう一点。べスティングに関して、即時認識に変わったとおっしゃいましたが、その影響はどうでしょうか。
サリバン
おそらくこれが企業の掛金率を0.1か0.2%ぐらい押し上げることになります。たしかにまた2年以内に、年金制度をやめて、積立金のリファンドを受けるという従業員も出てくるでしょう。
聴衆
基礎的な質問で恐縮ですが、第二国家年金に関して、低所得グループの給付は増えるけれども、2005年までに、レベルオフするいう記事を読んだことがあります。
しかし、保険料は所得比例です。こういう理解でよろしいのでしょうか。何故、こうした変更がおこなわれたのでしょうか。また、人々はどうしてそれを受け入れたのでしょうか。
サリバン
二階部分における変更点というのは、より低所得層に給付が増えるということへの変更になります。
掛金のほうは労働者全体に分散されますので、したがって給付のほうをどういうふうに配分するかという部分です。大部分の従業員、個人、すなわちコントラクトアウトされている人たちに関しましては、この変更はほとんど影響を受けません。
そういった意味では彼らの合意を得る必要はないわけです。もう一つの変更点というのは前にさかのぼってするリトロスペクティブではなくて、プロスペクティブですので、したがってその点でも、合意は必要がないわけです。
聴衆
OPRAについてお聞きしたいと思います。OPRAについて検討されているとお話しされました。現在のOPRAに何か問題があるのでしょうか。
サリバン
いままでのOPRAの役割というのは、年金規制に関して、それを遵守しない人たちがいる場合に、そういう人たちに対して、行動をとるというものであったわけです。そのアクションというのは、どういった行動をとれるかと言いますと、OPRA側のほうで、罰金を科したり、あるいは刑罰を求めることも可能なわけです。特にアメリカ人の方が非常に驚かれるのですが、トラスティーの方々が監獄に入ってしまうことがあります。
新しい役割に関しましては、OPRAがもっと権限を持てれば、もっと大きな役割を果たせるのではないかと考えられたわけです。そしてルールを簡素化するということ、そして、免税をするということも踏まえて、これから先を見た場合には、OPRAに対してそういった権利を与えていくほうが、より優れていると考えられたからです。
すなわち現在うまくいっていないということではなくて、これからさらによりよい仕事をしてもらえるからと考えられたからです。
聴衆
アメリカの年金給付保証公社(PBGC)は厳しい状況にあるのですけれども、従業員からみた場合、大変重要な役割を果たすと思います。今回のイギリスのグリーンペーパーは、年金給付の保証という、そういうものについての議論はあまりされませんでしたか。
サリバン
全産業を通ずるコンペンセーション・ファンドが必要だということは意見が一致していると思います。過去に議論があったのですが、問題は、他の企業がうまくいかなかったことに対してお金を出したくないと考えている企業もある中で、年金基金を十分マネジメントしている企業が、より多くお金を出すことになってしまうということです。したがって、徴収方法を検討する必要があります。
ただ、グリーンペーパーにおきまして、スキーム・スペシフィック・ファンディングの検討において、インソルバンシーの場合の保険に関しては検討されるはずです。というのは、ドイツにおいてはそういった制度がありますので。
聴衆
積立不足の場合に、保険料を上げようとすると、企業は年金制度をやめるということをおっしゃいました。
積立不足の場合に、給付を下げるという議論はないのでしょうか。
サリバン
法律上は過去の給付といったものは下げることはできません。企業が年金制度そのものを解散させてしまった場合は別ですけれども。企業が年金制度を解散させる場合に、プライオリティ・ルールというのがあります。その際に、まずプライオリティ・ルールの一つとして、支払い中の年金は確実に確保しなければいけないというプライオリティがあります。そのあと残っている残額を従業員どうしで分け合うということになります。
すなわち金額に比例するかたちで、その従業員に対して年金を購入するというかたちになります。それによって実際的には給付の削減ということになります。企業が年金制度を解散させるということを決めた場合には、一定レベルまで年金制度に対して積み立てていなければいけません。そのレベルは、現在は全員の給付を提供するためのレベルとしては不十分です。
したがってそういった場合は、退職していない人たちに対して、給付水準が結果的には下がるということになります。
聴衆
プレス・リリースを見たのですが、そこにはボランタリー・アプローチを超えて、強制的な年金制度ということが書かれておりました。英国政府はどのように考えているのでしょうか。
サリバン
義務化ということに関しましては、少し話がさかのぼるのですが、80年代、70年代におきましては、従業員に年金制度を義務化するということがありました。
しかし現在ではそのルールは変更されていて、個人として年金に加入するかどうかということは選択することができます。すなわち雇用の一環として年金制度に加入するかどうかということが再び考慮されることになります。もう一点は、今度は事業主側に対して、すべての事業主が年金の掛金を支払うということを義務づけるということ、そちらのほうの義務化の点です。それはオーストラリアとかシンガポールといった諸国がそうです。
明らかに企業側のほうが従業員に対して年金を提供するということは必須になってくると思います。そうしなければいけないのですが、しかし政府側のほうで、現在の時点においてそうするとは言明していないのです。
聴衆
年金業界についてお聞きします。英国には、ベーコン・ウッドローがありましたが、ヒューイットと提携しました。ワトソン・アンド・サンズはワトソン・ワイアットとなりました。イギリスには大きな国内コンサルティング会社はなくなってしまったのでしょうか。
サリバン
コンサルティング企業として、まだ1社か2社ぐらいはイギリスの純粋な国内企業というのがあるかと思います。ただその一つは全世界的なアクチュアリー企業と提携しています。アライアンスを組んでいます。二つ目のほうはもう少し新しいところですが、国外に拡大する前に、まずイギリス国内を探しているという感じだと思います。
それがポリティカル・コレクトな、政治的に正しい答えと言えるかもしれません。(笑)
聴衆
世界的に著名なマーサー、タワーズ・ペリン、ワトソン・ワイアット、ヒューイット等のコンサルティング会社は、北米大陸から発祥しています。これは、他の地域の人にとってみると、面白くないことだと思いますが。
サリバン
ただ業界としてのそういった統合はこれからも進んでいくと思います。イギリスの現在の市場におきまして、まあまあの規模のコンサルティング企業は2社ほどですが、現在非常に苦しんでいます。アクチュアリーの仕事の部分が例えばターミネイトされたり、あるいは重複しています。
イギリスの業界におきましては、ペンションズ・レビューといって、年金の不当販売のクレームに関して、例えば100や200のアクチュアリーがそれを検討してレビューしたわけです。
しかしその作業ももうすでに終わろうとしていますので、実際的には100や200のアクチュアリーが現在職を求めているという状況でもあるわけです。そういった点がイギリスにおけるアクチュアリーの専門職の人にとっての問題です。
聴衆
いま日本ではアクチュアリーは足りなくて困っていますよ。
聴衆
人々に長い間、働いてもらうとか、経済を活性化するということについて、専門家の技術力が必要です。また、パート・タイマーを活用することも必要です。そういうことがグリーン・ペーパーで議論されていると聞いているのですが。
サリバン
グリーンペーパーのどこにあるかということは、正確には私のほうから申し上げられないかもしれません。コンピュータのなかに私のグリーンペーパーが入っておりますので、あとでどこにあるかということを指摘させていただければと思います。イギリスの多くの企業がより高齢者の専門性や知識を十分にもっと活用していく必要性があるという認識を高めています。そういう人たちを職場に呼び戻すために、そのための下地を準備しつつあるという状況でもあります。
司会
サリバンさん、ありがとうございました。それでは、予定した時間にもなりましたので、この辺で本日の講演会を終わらせていただきます。
終わり